大野ひろみのクラクラさくら

議会はなんでもありのワンダーランド。あきれたり、怒ったり、笑ったり、クラクラしながら言いたいことは言わせてもらいます!

超おすすめ映画「否定と肯定」

12月23日(土)
1か月以上もブログを更新せず…
パソコンがダウンしていたこともあるが、いつもの
なまけ癖が重症化&慢性化。

反省しながら迎える年の瀬。

さて、今回は見てきたばかりのチョーおすすめ映画の話。

否定と肯定
Denial_top①

2000年に実際に起きた「ホロコースト」を巡る裁判を忠実に再現している。

ユダヤ人女性の歴史学者デボラ(レイチェル・ワイズ)は、
「ナチスのユダヤ人虐殺はなかった」と主張するイギリスの歴史家
アーヴィングを、自分の著書で痛烈に批判したところ、
アーヴィングに名誉棄損で訴えられる。

「ほうっておけばいい」という大多数の声にひるむことなく、
負けず嫌いのデボラは受けて立つ。

しかし、アーヴィングが提訴した先は、英国の王立裁判所だった。
イギリスでは、訴えられた「被告」が「立証する」責任がある。

これはビックリした。
日本では、検察が被告の有罪を立証しなければならない。
有罪が確定するまでは、すべての被告は「推定無罪」が原則だ。
イギリスでは、訴えられたが最後、無罪を証明できなければ有罪!

訴えたアーヴィングは、一見イギリス紳士のおっさんだが、
デボラの大学の講義に突如現れ、デボラを「嘘つき女!」と大声でののしり、
千ドル札を振りかざして
「ヒトラーがユダヤ人殺害を命じたと証明できる者には、これをやるよ!」と
叫ぶクソ男だ。

デボラはイギリスで大弁護団を結成して、アーヴィングと長期に戦うことになる。
世界中からマスコミが殺到し、報道が過熱する。

で、面白いのが、老練なリチャード弁護士を中心としたイギリスの
弁護団の戦法だ。
①デボラには一切登壇させず、一言もしゃべらせない。
②ホロコーストの生き残りのユダヤ人たちにも一切証言させない。

①の理由は、「両論併記」を避けたのだ。
つまり、デボラに証言させれば、アーヴィングの「ホロコーストはなかった」説と
デボラの「あった」説を、同じ土俵に載せて争うことになる。
人々に「そうか、ガス室があるない説とがあるんだ」と
思わせてしまう。それは絶対に避けなければならない。
事実はひとつだから。

②の理由は、証言台に立つ生存者たちを、
狡猾なアーヴィングによる誹謗中傷の言葉の攻撃に晒したくなかったから。
レイプ事件裁判でも、被害者は言葉の攻撃で、セカンドレイプに襲われる。

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この役者、本当にゴーマン偏見オヤジの演技がうまかった。

では、弁護団は法廷でどのようにして戦ったか。

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徹底して、アーヴィングの過去の言動を調査したのだ。
膨大な日記を読み込み、彼の人種差別、反ユダヤ主義の考え方を
あぶりだし、法廷で巧みに指摘する。
彼の講演映像を写し、歴史観の歪みや矛盾点をつく。
自分の気に入ったように事実をつまみ食いし、
都合のいい解釈で学説を立て続けるアーヴィング。

こんな学者、ほら、日本にもいるよね!

アーヴィングは、アウシュビッツのガス室を「疫病を防ぐために
死体を消毒した部屋だ」と主張。
しかし、リチャードは、「死体はすぐに焼却されている。消毒する必要は
全くなかった」と指摘。

このように、丁々発止の言葉の応酬が次々と映し出され、
法廷劇なのに、ドラマチックでスリリングで、非常に面白かった。

で、デボラ側が有利だと思わせて、終盤で裁判長がこんな
ことを言い出した・・・

アーヴィングの意図的な資料の改ざんや解釈は、反ユダヤ主義とは
関係ないのではないか。
彼が信念をもって反ユダヤ主義を唱えるのなら、発言をウソと
非難はできない。


これって、今の安倍首相のことを思い出させないか。
信念(と言うより怨念だが…)を持った反民主主義の右翼首相が
意図的に過去の内閣法制局長官の言葉を歪曲して、
「集団的自衛権は合憲である」と唱えるのなら・・・

裁判長、お前もか!

っとヒヤッとさせて、結果はデボラ側の勝利。

しかし、裁判長の指摘は重大だ。
ここをどう反論できるかが、今の、日本で、「巨大なウソ」と
闘っている私たちの課題・試練となる。

この映画を見ながら、私はずっと、東京MXテレビの「ニュース女子」
という番組を思い出していた。
沖縄の辺野古や高江で座り込む市民が、毎日日当をもらっているとか、
救急車を通行させなかったとか、現地調査も一切せずに、
ナイこと、ナイこと並べ立てた、あのクソ番組だ。

また、南京大虐殺はなかったと言い張る人々のことを
思い出していた。

この映画は、決して18年前の古い記録映画ではない。
まさに、今の日本社会の病巣を映し出している。

木村草太さんがこう指摘している。
「ネッシーがいる証拠を示せなくても、ネッシー学者の主張を
毎日聞いていれば、大衆はネッシーの存在に親近感を覚える」

ウソを100回つけば、真実となるのだ

映画はデボラの勝利場面で終わらず、
その後、アーヴィングが裁判の正当性をも否定して、
相変わらず「ホロコーストはなかった」と、
元気よく持論を展開する場面を映す。

こうした荒唐無稽な言動の方が
人々に受け入れられやすいのは今も同じだ。

そして、カメラは突如、荒涼としたアウシュビッツの収容所跡に移り、
ガス室の煙突跡の穴の中にスーッと入って行って、
終わる。

真実はここにある
とカメラは言っているのか。

フェイクニュース、ポスト真実があふれる今、
とても勇気をもらえた映画であった。
まだ、どこかで上映されていると思うので、
よろしかったらぜひご覧ください。

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  1. 2017/12/24(日) 01:42:25|
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