大野ひろみのクラクラさくら

議会はなんでもありのワンダーランド。あきれたり、怒ったり、笑ったり、クラクラしながら言いたいことは言わせてもらいます!

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「大津波のあとに」を観て・・・モノを探すということ

3月11日、ちょうど1年前の今日、東北地方を襲った大津波を
ドキュメンタリー映画にした「大津波のあとに」の上映会を、
午前、午後の2回無料で行う。

私は今日初めて「大津波のあとに」を観た。
津波のあと10日~2週間後の被災地で、森元監督は自転車に乗り
ひたすらカメラを回す。
音楽は一切なし、監督が出会った人に声をかけ、その人の
思いが語られる。

出てくる人々は誰も、いきなりのインタビューなのに
実に静かな顔つきと声で、淡々と答えておられる。
しかし、そのほとんどの人が、3か月の息子を流され、
父親を流され、孫を流されてしまっているのだ。

この映画で強く印象に残ったのは、出てくる人々が一様に
肉親の「思い出の品」を必死に探していることだ。

一見明るくにぎやかな年配の女性たちが、監督に向かって
「見て、観て、これが孫よぅ、可愛いでしょう」と
数枚の写真を差し出しながら口々に叫ぶ。
流されてしまった孫たちが確かに生きたあかしとして、
おばあちゃんたちは記憶にしっかりととどめるように、
何度も何度も写真をかざしていた。

また自動車ごと流された父親を探している若い男性は、
「全て流されて、写真も何もない。せめて写真だけでも
あればいいのだけれど…」と言いながら、手には
唯一見つかった車の中から取り出したのであろう、ぼろぼろになった
車検証のようなものを握りしめていた。
その車検証をいとおしむように見つめる男性…

小学校で、卒業証書を懸命に探しているお母さんもいた。
泥だらけの道具箱を一つ一つ確かめながら、わが子の形見を
探す両親がいた。

みんな、何かしら肉親の「モノ」を探していた。

人はみな、大切な人が遠くに行ってしまった場合、
記憶にとどめようとする。
記憶はしかし、はかない。
人は、「忘れ去ること」、そして「忘れ去られること」を
何よりも恐れているのだと、今日の映画を観て強く感じた。

悲惨な現実を映し出している映画を、「安全圏」にいる私たちが
上映・鑑賞することに、何か罪悪感も感じていたが、
実際に作品を観て、「忘れてはいけない」から、この映画を
上映しなければならないのだと思いいたった。

午前、午後とも満席。
改めて亡くなった方々のご冥福をお祈りします。

  1. 2012/03/12(月) 00:43:11|
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