大野ひろみのクラクラさくら

議会はなんでもありのワンダーランド。あきれたり、怒ったり、笑ったり、クラクラしながら言いたいことは言わせてもらいます!

「もんじゅ」と「ふげん」、原発と仏教の意外な関係

たんぽぽ舎からの通信で、「もんじゅ」も「ふげん」も永平寺のお坊さんが
名付け親だったと知り、ひっくり返った。
なぜ、原発に仏教の仏様「文殊」「普賢」の名前がついているのか、長いあいだ
疑問に感じていたのだが、そうだったのか。

以下、たんぽぽ舎◆地震と原発事故情報その204◆から引用。

永平寺のお坊さんも反省 
原発の名前「ふげん」、「もんじゅ」命名にかかわったことを後悔
 原発は仏教の教えに反する-命を長い時間の視座におく仏教と相反する

                         源八おじさんより

> 曹洞宗大本山永平寺(福井県永平寺町)は11月2日、原発の是非を問うシンポ
> ジウム「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」を開催するそうです。
> 永平寺は、いずれも菩薩の名前に由来する新型転換炉「ふげん」、高速増殖原型
> 炉「もんじゅ」(敦賀市)の命名にかかわってきました。
>  「原発に対する認識が足りなかった私たちの責任は重く、間違いだった。懺悔
> することから始めたい」と永平寺の布教部長で、今回の催しを運営する「禅を学
> ぶ会」事務局長の西田正法さんは語っています。
>  「使用済み核燃料を残し、DNAに作用する放射線という危険をはらむ原発は、
> 子孫への負の遺産となる。命を長い時間の視座に置く仏教の教えと相反する」と
> 説き、「今の生活を見直すきっかけにしてほしい」と呼び掛けています。
>  シンポジウムには、反原発運動に携わってきた同県小浜市の明通寺住職、中島
> 哲演さん、各地で震災体験を語っている福島県飯舘村の酪農家、長谷川健一さん、
> 作家の朴慶南(パクキョンナム)さんらが参加するそうです。
> 同町の「四季の森文化館」で午後1時開始。定員400人。
> 入場料500円。問い合わせは同会事務局(0776-63-3456)。
> (毎日新聞2011年10月14日大阪朝刊より一部引用)
引用終わり


曹洞宗と言えば、禅宗の総本山である。
実は若いころ、「禅問答」が好きで「無門関」という書物に入れ込んだことがある。
ともかく全ての禅問答がシュール過ぎて、ぶっ飛び過ぎて、大阪の漫才よりも
おもしろい。
例えば、「隻手声あり、その声を聞け」という問答がある。
「両手を打ち合わせると音がする。では片手ではどんな音がしたのか、それを言え」
というクウェスチョン。
確かアメリカの作家、サリンジャーも「フラニ―とズーイ」という作品で使っていた。

しかし、禅宗と原発!!!
あっ、新しい禅問答ができた。
「トイレがあれば流せる。では、トイレのないマンション(原発)はいかに?」

禅宗は実は非科学的なようでいて、人間の意識と無意識の壁をぶったぎる
非常に「科学的」な人間洞察なのだと思う。
洞察なくして、単にその場しのぎの回答を繰り返すことを、禅宗は厳しく戒める。
なぜなら、それは、
「論理の破綻したスタイルこそ正しいという思いこみ。わけのわからな
いことで相手を煙に巻くのが快感になる」といった、おかしな者になる危険があるという。
禅はこれを「魔境に入る」と表現している。

3.11以降の日本は、まさに「魔境に入る」寸前ではないか。
放射能汚染が子どもたちの未来をむしばむことに目をつぶり、
「ただちに影響はない」と繰り返して、人々をけむにまき、当座をしのぐ。
100ミリシーベルトだって大丈夫だという、論理の破たんしたスタイルを
いまだに貫いている御用学者たちも、魔境入りの候補者たちだ。

最後にひとつ、「無門関」の中で比較的分かりやすい問答をご紹介。

【無門関】
第29話 動くのは何だ 「非風非幡(かぜにあらず、はたにあらず)」
ある日のこと、お寺のノボリ旗(幡)が風でパタパタと揺れているのを見た
二人の坊さんが言い争いになりました。

「どう見たって、動いているのは幡だ!」

「いや違う。動いているのは風の方だ!」

そこへ中国における六代目の仏教正統伝承者となった慧能さんがやってきて言いました。

「風が動いているのではない。幡が動いているのでもない。
動いているのは君たちの心の方だ!」



  1. 2011/10/18(火) 11:12:35|
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